歌を歌うこと。それは、ドラマを演じることだと思う。
音が下に行ったり、あるいは上に行ったり、いろんなタイミングで変化する。
それを、思い通りの音色を操って、表現していくのが歌だと思う。
歌を歌うこと。それは、ドラマを演じることだと思う。
音が下に行ったり、あるいは上に行ったり、いろんなタイミングで変化する。
それを、思い通りの音色を操って、表現していくのが歌だと思う。
歌を覚える時、練習する時、どうしてますか?
まず、これいい曲だなぁ、歌いたいなぁって思った時、音源を入手しますよね?
昔だったら、レコード、CD、今だったら、ダウンロードするとか、Youtube見に行くとか、いろいろ方法はあると思うんですけど、まず音源を手元におけるようにしますよね。
で、聞く、聞きます。
どーやって、聞きますかね?
イヤホーンで聞く?イヤホーンで聞くと、なんか、聞き流す感じになっちゃうかな〜。
覚えたい、となったら、歌詞とかいりませんか?
歌詞いりますよねえ。
で、歌詞も入手する。
歌詞見ながら曲聴いて、一緒に口づさみますよね?
そうやって覚えていく。
なんかでも、歌い回しがよくわかんねーなってところがあった時にはどうします?
よく聞いてみる。でもそれでもよくわかんない時は?
何回歌ってみてもタイミングがうまく取れないとか、ここの入り方がわかんないとか、そういう時、どうしますか?
譜面を見る。
譜面なんか見たことないって人もいるかもしれませんけど。
譜面があったら「あーこういう風になってんのか〜!」とか、譜面がわかれば、わかりますよね。
じゃあ、譜面わかんない人は、どうしたらいいの?
譜面わかんなくても、譜面があると、それを解読する技術はいるんだけど、視覚的にわかる、耳からの情報だけじゃなくてわかるんで、「あっ、もしかしたらこういうことなのかな?」て腑に落ちる可能性が高くなる。
なんで、譜面は読めなくてもあったほうがいいかなと思います。
さて、では、練習はどういう環境でするのか?
さっきイヤホーンで聞く?って話がありましたけれども、できるだけ大きい音量で元の歌を聴いて、大きい音量で「歌える」環境で練習したほうがいいと思います。
で、その時に見てるのは「譜面」。譜面を見て練習する。元の音で、譜面を見ながら、大きい音量で、大きい声を鳴らすことができる環境で歌う、というのが、曲を覚える時、曲を練習する時に、ぜひ叶えたい環境ですね。
これは、メリットは何かっていえば、自分の歌のパフォーマンスを、まず、最大にすることができる。で、その最大のパフォーマンスを出せる環境で歌えば、自分の限界点もよく分かるし、「あれ?この音でなかったなぁ。どうやったら出せるようになるんだろうなあ?」と思うこともあろうし、スムーズに歌えたならそれで「あ、これなら歌えるな」って思うだろうし、そういう環境で歌ってると、頭に残りやすいと思うんですよね。つまり、早く覚えることができて、曲も歌詞も正確にきちんと覚えることができる。効率がいい、という風に感じますね、自分の経験から。
譜面は、読めなくてもいいんです。いいんですが、
例えば、この音は低いなとか、その次の音はちょっと高いなとか、その前後の関係が見た目で、音の高さがなんとなくわかる。
それから、拍子があります、音楽にはリズムがある。大概の曲は4拍子か3拍子でできてるんで、その拍子の記号をまず見ると、1小節の中に3拍か4拍、3拍子なら4分音符で3っつ分、4拍子なら4分音符で4っつ分、が入ってることを表していて、そのことをその記号を見ると認識することができる。だから、リズムを感じることができるようになるんです。それもとても重要。
で、リズムを感じることができると、ノリが把握できるので、どこを目立たせたらいいか、どこが目立たなくていいか、ていうのもわかる。
どこで息継ぎしたらいいか、息継ぎとよく言われているのでついつい息継ぎと言ってしまいましたが、と言うよりも、どこまでを一節一息で歌えばいいか?ていうことも自然とわかる。
歌詞だけ見てるとそれらの情報はないのでわかんないんですよ。
いいことづくめでしょ!譜面を見て歌うって。
最初はそれでいいんです。で、歌詞もちゃんと覚えたいってなったら、曲をしっかり頭に入れたら、今度は歌詞カードがいいです。
なぜなら、譜面に書いてある言葉は、日本語の曲の場合、歌詞は全部ひらがなで書かれてあることが多い。ひらがなの通りに歌っていないこともたまにあるし、見づらい。やっぱり、漢字、ひらがな、カタカナ、果ては欧文ローマ字まで使ってますから、日本人は、そうすると歌詞カードにしたほうが見やすい。わかりやすいってことになる。
で、歌詞カードも自分で作ったほうがいいです。パソコンワープロでザーッと打ち込んで作るんです。できればA4ペラ1枚にまとめる。作っただけでもう頭に入ってくるんです。それを見ながら、元歌をかけて、大きい音で聞いて、一緒に歌う。大きな声で一緒に歌う。そうすると、メロディーもリズムももう譜面を見て歌ってきたことで入ってますから、そこに歌詞も頭の中に入ってきて、ソラで歌えるようになる。
カラオケの画面で歌詞を追っかけながら歌うなんて、そんなことしなくってもよくなる。全部頭の中に入ってるんだから。
ぜひ、そのような環境で、歌を覚えたり、練習したりしてください。
カラオケで練習しちゃダメですよ!カラオケで歌う時は、もうさっきまで書いていた方法で練習して覚えた後で、よーしこれからは人前でこの曲を歌ってやるっていう時の、最終形の時に初めてカラオケですから。カラオケで練習してはいけません。
なぜなら、カラオケには元の歌が入っていないからです。元の歌を聴きながら、それとあっているのかなあ?音の高さはあっているのか?どこまでを一息で歌ってるのか?どこが目立つのかな?どこを目立たせないように歌ってるんだろう?その時の音色は?歌い方は?どうやっているんだろう?とか、ここがカッコいいなあ!って気づいたり、どうやったらこんな声になるんだろう?って、そんなことを思いながら、歌うんですよ。テクニックが身につきます。それはカラオケではできない。
ということは、最初は真似になります。最初はその自分がいいなあと思った楽曲、歌手のいいところをどんどん吸収していくという作業になります。そういうことを繰り返していくことによって、どんどん自分のテクニックを身につけてゆく。これが大事なんです。
えっ!それってモノマネじゃないの?って、思われるかもしれません。モノマネかもしれないです。でも、「学ぶ」は「まねぶ」です。最初は真似なんですよ。真似で始めるんです。で、いろんなことを真似して身につけてゆくと、その身につけていったものから自分が出来上がっていって、そっから自分の流儀というか、おのずと自分はこういう形っていうのが出来上がってくる。じゃあ、モノマネと自分の技が出来上がっていくこととの分岐点は何かといえば、モノマネに意義を見出すか、自分の流儀というものに意義を見出すかの違いではないかと思います。モノマネはそこからデフォルメしていったり似せるところから少し離れたことをやらなければモノマネとして受けるには大変で、それはそれで大した技術です。ま、歌の上手い人は、モノマネも大概上手なんですよ、おそらく。共通してるのは耳がいいこと、再現する能力に長けているということ。モノマネも歌がうまく歌えるのもの、耳を鍛えるってことがものすごく重要だと思います。
耳を鍛えるためにも、元の歌を、聞いて、聞いて、聴いて、一緒に歌ってっていう作業が大事。で、それに一役かってくれるのが楽譜です。で、できれば、自分でもちょっと、伴奏でもできたほうがいいから、ギターかピアノか、どっちかをちょっとコードで伴奏できるくらい、そんなことができたら一番いいです。そうやって、楽器のことも少しわかってくると、楽曲の歌以外、バックの音も聞こえるようになってきます。バックの演奏が聴けるようになってくると、例えば、ドラムだけを聞くとか、ベースだけ、ギターだけとか、そういうこともできるようになってきます。意識してやってくと、どんどんどんどんできるようになっていきます。結果、耳がよくなっていく。
余談ですが、子供の頃は、曲のイントロからエンディングまで、ずーっと、歌っていたと思うんですよ。ずーっと。例えば「上を向いて歩こう」だったら、タタン、タンーン、タンタン、タンタン、タターン、ターンと木琴の音に続いてベースがドゥーン、ドゥーン、ドゥーンときて「うーへーをーむーふーひーてー」と九ちゃんが来る。こんな感じで、子供の頃はイントロからエンディングまで、バックの演奏の目立ったところも取り出して、歌につなげて曲を全部、歌っていたと思うんです。思い返してみてどうですか?聞こえるものをそのまんまリピートしてた。ところが、ある程度の年齢に行った時から、それがなぜか恥ずかしい事になる。あれは多分小学校の3、4年生あたりからそうなっちゃうんですよねー。なぜだかは、僕はよくはわからないんですけど、、、推測するに、9歳10歳くらいになると文字もある程度のスピードで追えるようになり、それまでももちろん視覚的に情報を得る事はやってきたけど、より一層視覚的な情報収集に頼るようになってくる時期なんじゃないか?それまで耳で聞いて曲を覚え、歌詞の意味もわからず歌って覚えてきたのに、歌詞の意味なんかも考えるようになったり、歌詞を見たりするようになったり、するんじゃなかろうか?その結果、耳から入ってきていた音楽が、歌が、目から入れるものになり、歌の部分だけを歌えばいいんだってことにつながったんじゃあなかろうかと、そう考えるのです。ともあれ僕はその後もずーっと、イントロからエンディングまで、楽器の音も歌もお構いなしで一曲通して歌っています。当時は笑われたもんです。「うわ〜なーに全部歌ってんだよーカッコわりーなー」って言われました。でも僕に取っては何がおかしいのやら?といった感じで意に介さず、歌っていたもんで、今もそのまんまです。イントロも、バックのサウンドもあっての歌なんで、曲と歌詞だけじゃないのよ!ていうのが僕の子供の頃からの持論で、でもそれがほとんどの人は歌はメロディーと歌詞ってことになっちゃうみたいで、そうなると、残念ながら、音楽的な素養は削がれていくと、思います。これは、もったいない!これはもったいないんで、ぜひ、曲を覚えるにあたって、最初っから最後まで、子供の頃は出来ていたんだからできるはず、イントロから全部、口づさめるようにしてほしい。それをやってくことで、耳もどんどん良くなって、歌も良くなっていくだろう、かな?笑、ていう風に思います。
歌の覚え方、歌の練習のしかた、いろんなところに話が派生しましたけれども、要約すると、元の歌手の音源を、大きな音量で、大きな声を出せる環境で、譜面を見ながら歌う、これが最善!そして、イントロから全て、歌詞とメロディーだけじゃなく、全てを歌えるようにしよう!これがっ最高の歌い方、歌の覚え方、練習のしかただと、僕は思っています。
耳がよく、なりますように!では^^
リズム感のいい人は、曲を聴いたらすぐに反応して体が動きます。足・腰・手、体全体で乗りをつかみますので、そういう人は首の動きが大体同じような動きを示す傾向があるように思います。NHKの『おげんさんといっしょ」で高畑充希さんを見たときに、この人もそのような首の動きをしていて、リズム感がいいなあとびっくりしました。
「ダンスが上手い」のと「リズム感がある」のは同義ではありません。ダンスの上手い友達が自分はリズム感が悪いと言っていたことがありびっくりしたことがあります。ダンスはカウントに合わせて決められた振り付けを再現するもので、テンポには乗っていますが、リズムに忠実に乗っかっているかといえば、そうではないものだからです。
できるミュージシャンはたいがい、天然でリズム感を持っているのでそれを演奏で伝えることはできます。そういう人がリズム感の良くない人に対して、具体的にどうしたらリズムに乗れるのかを口頭でサゼッションすることはなかなか難しいように思います。
僕も講師を始めて数年は「強拍と弱拍があってね」なんて高邁に語ったり、「一拍目を強く歌って!」なんて指導したりしましたが、直後の生徒さんの歌を聴いて「あちゃ〜違うなー!」と感じて焦った記憶があります。
さて、では「リズムに乗る」ってそもそも何なんでしょう?
その曲の中で「目立つところ」と「目立たなくてもよい」ところを、いい具合に区別して繋げるようにして演奏すること、ではないかな?と思っています。
先ほど「強拍弱拍」と言いましたが、それが曲にうねりを作ってメリハリをつける要因の大きなものとなっています。ただ、「強い弱い」というのは、きっとピアノの指導者の発想で、歌は音色を変えることができるので、その限りではないと思うのです。
それゆえに「強・弱」を「目立つ・目立たない」に置き換えてみました。
では、「目立つところ」と「目立たなくてもよいところ」とは?どういうところなのでしょうか?
リズムの面から目立つところは1拍目です。そこから始まりそこで終わる。だからおのずと目立ってしまうところです。
メロディーは小節の1拍目から始まることもあれば、それ以外のところから始まることも多々あります。
一節、一息といったほうがいいのかな?ひとくくりで歌う一連のフレーズがある。そのフレーズが例えば2小節にまたがっている。どちらかの小節の「一拍目」に音が乗っかっている時、その音は目立たせたい音です。
それ以外のところの方が目立つことがあるとすれば、一拍目の音よりも相対的に高い音程の音が鳴っている時ぐらいしか思いつきません。
つまり、「一拍目」に音が乗っかっている時はそこが一番目立ち、それ以外は目立たない箇所ということになります。
例外はあります。けど、基本はこれです。
目立たせ方、歌い方のアプローチと言えばいいのかな?技法も歌のジャンルなどで違いはありますが、そこを目立たせるようにその音を扱うという姿勢は変わらないと感じます。
まずは、4拍子ならば1、2、3、4とカウントし、3拍子ならば1、2、3とカウントし、テンポに体を合わせて乗る。そして、どこが「1」なのかを常に意識して曲を感じてみてください。
そうすると、一拍目に乗っかっている音たちが目立っていることにきっと気づいていただけると思います。
リズムに乗る、乗って歌う、演奏するのは、まずはそこから始めてみてください。
人によって曲や歌い手の好みは様々ですが、僕は洋楽の影響を受けたので、日本の音楽でもそのようなものが好きで、歌詞の中身よりもサウンドが気持ち良い方に重きを置くタイプです。
いいなあと思う歌に共通しているのはいい音色で歌っている歌声です。
いい音色とは、いつでも裏声っぽい音色に戻せる、地声で鳴らしていてもふわーんとした余韻を伴っている声です。これは音程の低い方で歌っている時に主に聴くことができます。音程の高い方では頭によく響いた伸びのある地声とも裏声ともつかない音色の声です。
裏声っぽい音色というのは主に鼻の方の響きだと思っています。
声は口から出ていますので、マイクを口の前に当てて話したり歌ったりしますが、鼻は口と直接つながっていますので、口と同時に鼻にも声は響いています。口を開けて鏡を見てみてください。喉の穴の手前に通称「ノドチンコ」と呼ばれる垂れ下がりが見えます。それが付いているところが「軟口蓋」というところになります。ちょっと、医学的な用語でとっつきにくかったかもしれません。ですが、そこがとても大事な場所なのです。
その「軟口蓋」の裏側が、鼻に繋がっている空間です。軟口蓋を上げて口の奥を広げると、口と鼻が大きく繋がって良い響きを鳴らす空間ができあがります。いつもそこを大きくして歌うことが、いい音色を作るポイントになります。
軟口蓋を上げる?ってどうすんの?って思ったら、「あっ!」っと高い声でびっくりしてみてください。そうするとノドチンコの付け根が開いて声が大きく響いていることが体感できると思います。
九ちゃんも秀樹も久保田も絢香もいい声だな〜と思う人は多分無意識でそれをやっているのだと思います。
地声と裏声と混ざった音色の声があるという言い方をされる方もいますが、どの傾向が強いかの差をそのようにいい分けているだけで、話している時はそもそも混ざっている状態で、無意識に使い分けたりしているのだろうと思っています。口と鼻とが連携して、両方の空間がよく鳴っていると「ふわーんとした余韻を伴った声」が出ますよ。
それがいい音色で歌う基本だと思っています。